「つけめん TETSU」食べ方POP/2008年12月
「TETSU」は、小宮一哲店主が2005年に始められたお店です(創業から8年後に、15億円で売却されました)。このご依頼は開店から3年半ほどが過ぎた頃。にもかかわらず、つけ麺の超話題店として、品川にあるラーメン集合施設「品達」に出店されていたのです。そんな小宮さんからご連絡をいただいて品達店に赴き、バックヤードで打ち合わせをしました。
依頼されたのは「つけ麺の食べ方」のPOPです。
つけ麺の汁は、食べ進めるうちに麺の冷たさでぬるくなってしまいますが、その汁を再加熱するため、「TETSU」では「焼き石」を利用。これが味の向上だけでなく、他店と明確に差別化され、話題性も強く、メディアに大きく取り上げられて、繁盛への足がかりを作りました。
ですがこの焼き石、扱いを間違えるとリスクが生じるのです。まず火傷の危険性。石自体に触ったり、沸騰してはねた汁が飛んだりすると危険です。それから、ずっと入れておくとスープが焦げて美味しさを損ねてしまいます。
そのため、形としては「食べ方POP」なのですが、注意喚起も入れていました。これも「けいすけ」さんのPOP同様、文字で書いておいても、読むお客さんは限られてしまいます。イラストの入ったPOPの中に書くことで、自然と目を引き、読んでもらえるのです。
「食べ方」といっても、変わっているのは「焼き石」くらいで、他は取り立てて珍しい要素もないでしょう。とくにラーメン好きの方ならそう思われたはず。しかしそこにも理由があるのです。
当時このPOP制作にあたって、自分なりにリサーチしました。ターゲットは20代~30代なかばくらいの女性。「つけ麺」について、女友達や様々な場所で同席した女性に話を聞いてみたところ……意見を伺った40名弱のうち、つけ麺を食べたことがあるのはたったの5人。驚いたことに2/3以上はひとりでラーメン店に入ったこともない(それどころか、ひとりで外食もしたことがない)という結果でした。かつて80年代には、麺の上につけ汁をぶっかけてしまう人がいたものです。それから2~30年が経とうというのに「つけ麺はまだまだメジャーじゃない」と感じました。千駄木/西日暮里の本店ならまだしも、品達のような施設だし、ここに出店するほどの店なら、今後は立地の良い場所に展開するはず…ならばつけ麺を生まれて初めて食べる女性客、初心者にもわかるような内容にしようと。
一番下の中央のコマは、表情や描き込み、背景色などを変えています。これによって上から読み始めたとき、すでに視界に入っているこのコマまで読みたい、という心理を呼び起こすためです。
キャラクターはもちろん小宮店主がモデル。でも実際のお顔とは、少し違います。小宮さんはもっと細くて、シャープなお顔立ち。これはあくまで「印象」を捉えていました。タオルを頭と首に巻いた姿は、これくらいドッシリしたイメージがあったのです。
京都にある集合施設「京都拉麺小路」の店舗(現在は卒業)では、壁面にかなり大きく扱ってくださっていたとか。当時画像を目にしたことがありましたが、一度でいいから生で見てみたかったですね。
そして「TETSU」では、小宮さんが売却された今でもずっとこのPOPを使い続けています。ただ、小宮さんが代表でなくなったためでしょう、キャラクターの顔だけ挿げ替えられていますね(オフィシャルサイトの「How to つけめん」でも同様)。これは信用に関わるのでどうしても記しておきますが、わたしの制作ではありません。
しかし構図や色、文言はほぼ同じ。わたしの作ったPOPイラストレーションをトレースしたか、元データを修正している。手を加えるのであれば、せめて許可の問い合わせをいただくか、できれば再オーダーしてもらいたかったですね。
経営者の多くは「買ったものはどう使ったって構わない」という認識でしょうが、そう思っているイラストレーターやデザイナーはひとりもいません。ご自身の会社の商品を勝手に改変されて転売でもされたらどう思うのか…に考えの至らないことは残念の一言に尽きます。
わたしの場合、そのように元の作者がいるものに修正依頼されてもお引き受けいたしかねます。他の人の作品に手をかけるような真似は道義的にできません(元の作者がご納得されているとか、その方による修正が不可能といった場合に限り、承ります)。同じでいいからと依頼されても、創作性を失っては、ものを作る人間として存在する意味がないですし、必ずどこかしら向上させるべきだと考えます。
そういうわけで、この事案も「キャラの顔以外、修正する必要がないほどに完成していた」と、好意的に解釈して自分を納得させました。
小宮さんは現在、創業の地・西日暮里に「中華そば つけそば 伊蔵八 本店」を開店したほか、「あの小宮」「ごま麺 鉢と棒」などの経営に関わって(?)おられるようです(直接経営されているかは存じません)。「TETSU」という強力ブランドを手放されてなお意欲的に活躍する存在感はさすがの一言です。
・・・・・・・